(前略)
たとえば、冷蔵庫を開けてビールを取り出したとする。単純な意思決定に見えるが、脳の中では、さまざまな情報が行き交い、神経細胞が活動している。「疲れた」「のどが渇いた」といった体の状態や、CMで見たビールの画像、水を飲んだ記憶……。情報のほとんどは記憶されない。
最終的にそれらの情報の何かが引き金になって行動が始まる。意志決定の過程で意識できることは一部しかなく、行動の本当の原因はよくわからない。
それでも困らないのは、「自分が決めたこととして頭の中で呼び起こせるから」と、渡辺克己・東京大学先端科学技術センター准教授は言う。脳には自分の行動の結果を見て「意思」を後付する仕組みがあるらしい。
意思決定の仕組みを探ることは、脳科学の一つのテーマとなっている。意識にのぼらない脳の活動が、意思決定にかかわることを示す証拠がさまざまな形で示されている。
(中略)
ヒトが自分の行動をよくわかっているつもりでいるのは、脳の一部が自分の行動をモニターして、言語を使って解釈をしているという見方がある。
(中略)
なぜ、わざわざ後付けの解釈をするのか。
「自分の行動は、自分の意思に基づくものだと、言語で解釈する。解釈は一つなので、自分は何をやっているのか、一貫性をつけることができる。それは悪いことではない」と理化学研究所脳科学総合研究センターの田中啓治グループディレクターは指摘する。
脳は外界からの刺激に対して適切な行動をとるための制御装置だ。その行動を後から自覚的に説明すれば、そう信じることができ、長期的な行動計画も可能になるという。
(後略)
―― 朝日新聞 2007年12月23日 日曜ナントカ学